コンクールの歴史

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ジャニンヌ・スタンロバ コンクール創設者

ジャニンヌ・スタンロバは、スラブ人の両親のもと、パリで生まれました。幸せな家庭で四人の女姉妹とともに育ちました。振付法の学校で学び、そこでクラシックバレエ教師資格、優秀賞を取得。ジャニンヌは1974年、ヌイイ・シュール・セーヌ市に彼女の最初のダンス学校を建て、『パトリシアダンスの王国』そして『イザベルとダンス』という子供のための本を執筆出版しました。ダンス学校は拡張し、1987年パリのサルプレイエルに移転、そして名称は《ダンス国際学院ジャニンヌスタンロバ》と変わりました。2人の娘、イザベルとパトリシアとともに、ジャニンヌは質の高いピアニスト、教師陣でチームを構成しました。同年、彼女はパリにショップを開き、衣装の製作販売展開を考えつきました。1986年、プロのダンサー養成課程を含むバレエ学校を新たに作りました。そして数年後、Le Jeune Ballet de Parisバレエ団が、それらの若いダンサーに舞台で踊る機会を与えるために誕生します。彼女の情熱は止むことを知らず、1987年には、今やクラシックバレエ界で名の知れたコンクールの一つである、ショッソンドール国際クラシックバレエコンクールを作りました。1992年に文化庁によってダンス教師国家資格取得が作られた際には、この免許取得のための学校を創設しました。この文化庁認定の教師学校は、今日、多くの優れた教師、バレエ学校やコンセルバトワールの校長等を生み出しました。1993年ヌイイ・シュール・セーヌ市は、彼女に、いくつかの公立学校内にクラシックバレエ教育学の授業の実施を依頼しました。そして1996年5月30日、偉大な教育者としての彼女の功績を称えて、文化庁代表フィリップ・ドゥストゥ・ブラジーによって芸術文化勲章を授与されました。

世紀が変わると、ジャニンヌはクラシックバレエの熱烈なファンである彼女の夫とともに、雑誌『ダンスライト』を創刊します。ダンスに魅せられたジャニンヌ・スタンロバは、人生をこの芸術に捧げました。2004年の他界まで、彼女は計り知れないほどの情熱で、教え、創作し、執筆活動を続けました。

パリ・オペラ座バレエ団芸術監督ブリジット・ルフェーブルをはじめ、ダンス世界が、この1人の偉大な女性の業績に対し、多いに敬意を表しています。ジャニンヌ・スタンロバは、クラシックバレエ界において決して忘れてはならない存在、そしてクリエーターなのです。ダンス学校、バレエ用品ブティック、ダンサー養育課程、コンクール、教育学クラス、雑誌・・・全てが長年における彼女の情熱の賜物です。そして彼女はこの力強い創作性を2人の娘たちに伝え、この2人に彼女の業績は引き継がれています。

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イザベル・スタンロバ 芸術行政監督

イザベルは、4歳から母親ジャニンヌ・スタンロバのもとで、クラシックバレエと複数の教養を学びました。早くから彼女は、絵画、デッサン、裁縫、創作、あらゆる表現でダンスへの情熱を表現しました。彼女は母親の教えるクラスについていき、注意深くレッスンを観察し、ダンスの動きから生まれる全ての芸術的言語を頭に染み込ませました。昼は踊り、夜はバレエを想像していました。目で見る記憶力と音楽的感覚そして彼女の性格は、とても個性的な美的世界を生み出しました。ある振付家の降板の際にイザベルは立ち上がり声をあげました。《わたしが代理になります!》そうして最初の振付作品を発表しました。18歳のことでした。

教師資格の取得後、彼女の振付、舞台演出、舞台照明に対する情熱はさらに明確になり、そしてその情熱を、今日彼女が率いるカンパニーJeune Ballet de Paris のダンサー達に伝えています。カンパニーでは、20以上もの豪華なレパートリーを創作しました。大きなクラシック創作でも、もっと私的な小品創作においても、イサベルは、彫刻家のように身体の動きの美しさを追及し、ダンサーのそれぞれの特徴を尊重しながら、独自の、且つ整合的で敬意のこもった作品を作り上げました。

イザベルは30年前から、スタンロバ学院とJeune Ballet de Paris の若いダンサー達と情熱を分かち合ってい、そして彼らの身体面、感情面において、将来プロの道に進む為の手助けをしています。彼女は、ミラノ・スカラ座、ニューヨークシティーバレエ、パリ・オペラ座バレエ団など国際的バレエ団と仕事を共にしています。指導者としての活動、創作活動、スタンロバの発展活動に尽力する傍ら、ショッソンドールコンクールの新しい発展に力を注いでいます。このコンクールを通して、全世界の若い才能あるダンサーの可能性を見出し、新たな道を開く機会を与えたいのです。こうして彼女は姉と共に、このコンクールに一つの新しい《刺激》を与えることにしたのです。

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パトリシア・スタンロバ 芸術行政監督

パトリシアは6歳でバレエを始め、パリ・オペラ座バレエ学校での研修ののち、母親であるジャニンヌ・スタンロバが創設したダンス専門課程で学びます。バレエカンパニーCompagnie Ballet d’Enfantsが作られると同時にクラシックバレエダンサーとしてのキャリアを始め、と共に、バレエ教師の資格も取得しました。しかしながら、早くして彼女はプロのダンサーのキャリアを終えます。彼女は自分の真の資質を見つけたのです。それは、教育者としての資質です。彼女が母親と分かち合った真なる情熱です。彼女は自分の全生活を、ジャニンヌ・スタンロバから引き継いだ学校と、芸術性そして教育学のさらなる発展に尽くしています。彼女はスタンロバ学院全体を管理し、サルプレイエルの四階にダンススタジオを創設、そこはまさに優れた才能を温める養成所となりました。近年の学院の生徒のプロとしての活躍は、暖かい雰囲気の中に思慮深く且厳格さを持ちながら、質の高い教えに尽くしているパトリシアの誇りです。彼女にとって、生徒の一人ひとりが大事で、全ての生徒のことを把握しています。スタンロバは根強く信頼され、またその美的感覚においても同じく評価されているのです。

2005年学院は拡張し、パリ8区オスマン通り129番地に移りました。数階建てのとても美しい空間で、パトリシアは情熱と厳格さを持ちながら、有名な国際的カンパニーやパリ・オペラ座バレエ団出身の有名な教師陣と共にクラシックバレエの規律を伝え、この学院を指揮しています。彼女にとってダンスとは、全ての形式においてプロ、アマに関係なく、同じ質で教えられるべきものなのです。ショッソンドールは、クラシックバレエに30年携わる、ショッソンドールコンクール監督である彼女によって厳しく統率されています。彼女の組織性と芸術的プラグマティズムは、このコンクールを通して、ダンスの世界に一つの新しい革新を起こすこととなるでしょう。

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